ゴヤの描く「黒い絵」は人間の何を描き、何を満たすのか?

画家

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こんばんは!ナビゲーターのビー玉です。

自宅を「黒い絵」と呼ばれる暗くて恐ろしい絵で埋めつくしたフランシスコ・デ・ゴヤ。

王侯貴族たちに気に入られ、画家として大出世を遂げたゴヤは何故「黒い絵」を描いたのか?

ゴヤが見た地獄とは?

そして、なぜ「黒い絵」は人を魅了するのか?

本日はそんなゴヤの世界にあなたをナビゲートします。

よろしければ最後まで、お付き合いください。

 


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ゴヤの活躍した時代

フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(1746年〜1828年)はスペイン北東部のフェンデトードスに生まれ、14歳から絵の勉強を始め、40代で宮廷画家となります。

画家としてスペインで最高の地位を得たゴヤではありましたが・・・

ゴヤが活躍した18世紀〜19世紀は、かつて太陽の沈まない大国とまで言われたスペインも斜陽の一途を辿り、フランス革命の余波をうけて情勢が不安定な上に、フランス皇帝ナポレオンの侵略や内乱によって国内は血を血を洗うような地獄絵図と化していました。

一緒に酒を交わしていた友が翌朝は無残な死体となっていても、なんの不思議もない混沌とした世の中で83歳まで生き抜き、世情を絵に描き後世に残したのがゴヤです。

ゴヤの描く容赦ない肖像画

そんなゴヤが描いた国王一家の絵がこちら

ゴヤ作「カルロス4世の家族」1800〜1801年

フランスのルイ王朝の流れを組むブルボン家の末裔なんですけどね・・・

館長
館長

容赦ありませんねw

ビー玉
ビー玉

美しく描こうという気はなさそう

1792年、ゴヤが46歳の頃に謎の熱病により聴覚を失います。

ゴヤは音のない世界で、人よりも敏感な視覚をもって人々の表情を絵に落とし込みました。そんなゴヤの描く肖像画は人の本質を映し出します。

向かって右から6番目が国王カルロス4世。多くの勲章を胸に満足げですが、視線はどこかうつろで心ここにあらずと言った感じ。

国の実権は、自信ありげな表情で一家の中央に陣取る妻と、その愛人であるゴドイがにぎっており、王妃と手をつないでいる幼い王子は愛人ゴドイの子だと言われいます。母同様意思の強そうな表情が印象的です。

王と王妃の間に開いた不自然な空間にはゴドイの存在を “匂わせ” ているとも言われています。

そして、母とドゴイの関係を快く思っていなかったフェルナンド(画面左の青い服の王子)が王位についたときにドゴイは失脚します。

挑むようなフェルナンドの表情が未来を予測しているようでゾクゾクします。

そして、フェルナンド王子の後ろには、全てを見透かしたような観察者ゴヤ自身の姿があります。

ちなみにこちらがゴドイ↓

ゴヤ作「平和公マヌエル・デ・ゴドイ」1801年

下級貴族から25歳の若さで宰相(さいしょう)にまで昇りつめたやり手です。

少々複雑な家族事情ではありますが、この肖像画が描かれた頃はスペインが平和だった最後の時代でした。

ヌードで異端審問?

このゴドイの依頼で描かれたのが有名な「着衣のマハ」と「裸のマハ」(1797 – 1800年)です。

裸のマハは着衣のマハの後ろに隠されるように飾られ、ハンドルを回すと裸のマハが現れる仕組みになっていたとか(^▽^;)

ビー玉
ビー玉

エロ心溢れる斬新な仕掛けです

裸のマハの誘うような瞳はドキッとしますけど、現代の感覚では、それほど驚くべき絵ではありませんよね?

だけど当時のスペインは違っていました。

スペインといえば、ラテン系で開放的な情熱の国というイメージがあるかもしれませんが、ゴリゴリのカトリック(キリスト教の宗派)教国で、風紀にはやたら厳しかったんですよ・・・

実はベラスケス の「鏡のヴィーナス」以降、約150年間スペインではほとんどヌードは描かれていません。

 ベラスケス 作「鏡のビーナス」1647 – 1651年頃

しかも裸のマハは西洋絵画史上初めて裸のマハで女性の「ヘアヌード」を描いた作品だと言われています。

ゴドイ失脚後、ゴドイ邸からこの絵が発見された時は大騒ぎになりました!

19世紀になっても中世さながらの異端審問が行われていたスペインで、この絵が発端となりゴヤは異端者審問にかけらます。

異端審問とはカトリックに対して異端者を炙り出し改宗or処罰するのが目的なので、ヌードを描いただけで何故?って思うんですが、当時はヌードを描いただけでも信仰心を疑われる時代だったんです。

ゴヤ作「ほこり」ロス・カプリチョス(気まぐれ)シリーズ(1797-1799年)

たたけば人間誰でも “ほこり” くらいは出ます。多くの罪なき処刑者を出した悪名高い異端審問ですが、ゴヤは審問途中で釈放されています。

真相は分かりませんが異例のことなので、王族からの強力な圧力があったんじゃないかなと想像します。

情け容赦ない肖像画を描いていたゴヤですが、権力者たちには愛されていたようです。

 

ベラスケス もだけど、宮廷画家って美しい者だけ描いていればいいというわけではないので、いろいろと葛藤もあるだろうなと思っちゃいますよね(((uдu*)ゥンゥン

ゴヤの描く肖像画は威厳などは皆無ですが、内面が滲み出るような人間味を感じます。

だけど、そんなゴヤの内面は心穏やかではなかったようです。

ゴヤの見た地獄

ゴヤ作「マドリード、1808年5月3日」1814年

1808年はフランス皇帝になったナポレオンによるスペイン侵略が始まった年!

天才ナポレオン率いるフランス軍に対抗したのはスペインの正規軍ではなく、市民たちです。

武器らしい武器を持たない市民たちはすぐに鎮圧されて、たった1日で数百人もの市民が殺され、捕らえられた者は見せしめとして無残に処刑されました。

その惨事を描いたのがゴヤの描くマドリード、1808年5月3日」なのです。

今まさに処刑されようとしている白い服の男性はスペイン市民の誇りと正統性を主張するようにキリストと同じ掌に聖痕を与えられています。

フランス軍は反乱市民を制圧したあと、破壊や略奪を繰り返し、それに怒ったスペイン市民はスペイン全土においてゲリラ戦を繰り広げ対抗します。

ゲリラは軍の規約には当てはまらず、市民たちは人としての尊厳は与えられず無残にも惨殺されていきます。それはもう想像を絶する壮絶な殺戮がスペイン全土で行われていたということです。

ゴヤはこの惨状を「戦争の惨禍(さんか)」として80点以上も書き残しています。

下流の市民が中心となったゲリラ戦はフランス軍を疲弊させるには十分でした。

ゲリラと聞くと中東あたりを想像しがちですが、ゲリラの語源はスペイン語のゲリ(戦争)です。

この侵略戦争の中で生まれた言葉なのです。

 

このような作品を見ていると、ゴヤは市民軍の旗手として戦場カメラマンよろしく最前線に立って実情を伝えていたのかな?と思うんですが・・・

実はフランス軍に寝返ってました(^▽^;)アレ?

そしてフランス軍が去った後にはスペイン側に戻ってくるんですけどねw

 

館長
館長

変わり身が早い!

「戦争の惨禍」や「マドリード、1808年5月3日」は実はスペイン側に戻ってきてから描いたものです。

ゴヤは時代の流れを読み、パトロンの注文に応じたものを器用に描ける画家でもあったのです・・・

なので、情け容赦ないようにみえる肖像画も実はパトロンがそう望んだからだったのではないかなと私は思っています。人は自分の本質を知りたいものですし(((uдu*)ゥンゥン

ゴヤの描く真実の絵

そんなゴヤが誰の為でもなく、誰かに見せるためでもない絵を自宅の壁に描きました。

それが14枚の「黒い絵」なのです!

黒い絵の配置図

画像出典:Wikipedia

 

我が子を喰らうサトゥルヌス 1823年

子どもに地位を奪われることを恐れた神「サトゥルヌス」が我が子を食べてしまうというローマ神話がテーマです。

ちなみにサトゥルヌスは全能の神ユピテル(ゼウス)の父。サトゥルヌスが恐れた通りに息子ユピテルに倒されることになります。

ゴヤの描くサトゥルヌスは神の威厳はなく、ただただ恐怖にかられ我が子をも手をかけてしまった父の狂気と悲しみが描かれます。

じつはサトゥルヌスの股間は 、描かれた当初勃起していたことが分かっています。

人(神だけどw)は他の命を奪うときに、ある種の興奮を覚えることがあるのでしょう。恐怖と狂喜は紙一重!

耳の聞こえないゴヤは無音の世界でひとり、恐怖の連鎖が人々から理性を奪い取っていく様を目に焼き付けていまいた・・そんなゴヤならではの表現です。

この絵をみると、極限状態に陥った時に私は理性を保てるのだろうかと不安にかられてしまうのです。

では、他の黒い絵もみてみましょう・・

ただ眺めていると気が滅入ってくるので、私の心の声を薄ら入れておきますw

 

運命またはアトロポス(1819-1823年)

どのナビを信じたらいいの?・・もうサバトに間に合わないじゃない(; ・`д・´)

 

魔女の集会(1819-1823年)

今日から経営者が変わり、みなさんの時給が半分になります。

 

殴り合い(1819-1823年)

男同士でランバダの練習って、ちょっと虚しいよね?

 

スープをすする二人の妖術士(1819-1823年)

ちょっと、左利き用のスプーンがいいんだけど・・・

そんなの、どれも一緒ですよ

 

アスモデア(1819-1823年)

ちょっとだけ、休んで行こう・・・え?なにもしないから、ね?

 

二人の僧侶(1819-1823年)

お客さん、いい子いますよ・・

 

本を読む男(1819-1823年)

最近、近くの文字が見えにくくなってな・・・

 

ユディトとホロフェルネス(1819-1823年)

こんど浮気したら、ちょん切るからね(首)!

 

自慰する男と嘲笑う女(1819-1823年)

ジミーちゃん、やってる?「やってるやってるぅ」(懐かしいw)

 

サン・イシードロの泉への巡礼(1819-1823年)

人気ラーメン店にて、3時間並んでやっと次・・・

あ、あの人そろそろ食べ終わりそう・・

 

ラ・レオカーディア(1819-1823年)

今回の婚活パーティもはずれだった・・・

 

館長
館長

心の声、邪魔なんじゃ?

 

ビー玉
ビー玉

し、失礼しました

砂にうもれる犬(1819-1823年)

今にも流砂に飲み込まれそうになっている犬。迫りくる死と絶望を描いたものだと言われていますが、真相はわかりません。

謎めいた絵ですが・・・

私には激しい時の流れを必死に泳ぎ切ろうとするゴヤ自身のように思えます。

ゴヤは自宅で黒い絵を描きながら、自分が見てきた人間の狂気。そして自分の中の葛藤や贖罪の気持ちと向き合い開放しようとしていたんじゃないかと思います。

黒い絵は、本質を見たいという人間の欲求を埋めるのかもしれない・・

サン・イシードロの牧場(1788年)

サン・イシードロの祭り(1819-1823年)

マドリードの守護聖人サン・イシードロ祭りは街が1年で最も賑わうお祭りです。

同じサン・イシードロの祭りを描いた作品ですが、二つの絵の落差は画家が歩んだ激動の30年の重みをひしひしと伝えます。もはやゴヤの目には人間の本質しか見えていないよう・・

ゴヤは14枚の絵を描いたあと、吹っ切れたように故郷を捨ててフランスのボルドーに亡命し生涯を閉じます。

最後にゴヤが見たもの

ゴヤ作「ボルドーのミクル売りの娘」(1825 – 1827年)

ゴヤの絶筆です。慈愛に満ちた女性の表情、女性の後ろには仄暗さを感じるものの暗いトンネルをやっと抜けたような光の表現は、のちの印象派を思わせます。

朝日の中を生命力の源であるミルクを運んでくる娘・・ ゴヤには救いの光であり、輝く命そのものに見えたのではないかと(((uдu*)ゥンゥン

この絵を見ていると、砂に飲み込まれそうになっていた犬は、砂から命からがら這い出せたのではないかと思えてほっとします。

あなたはゴヤの絵に何を見ますか?

本日は以上です。お読みいただき、ありがとうございます。

大人の美術館は土曜か日曜、週に一度開館する大人のための美術館です。

またの御来館をお待ちしております。

 

コメント

  1. (-ω-;)ウーン 個人的に本物をゆっくりと見たいですな。

    僕は、「社会性≒演技」だと思っています。人は誰しも、社会に出ている時は演者だと思うんですよね。周りから求められている自分。社会で生きる人は大なり小なり、空気を読んで相手から失望されないためにイロイロと演じるのだと思います。また、ソレが人の優しさでもあるし。

    ゴアは演じている自分、周囲に演じさせられている自分に嫌気が指していたか、それとも、自宅の壁画のみが本当の自分を曝け出せる場所と認識していたのか…。

    真意はゴアにしかわからないけれど、興味をそそられる話ですな。(絵は怖いケド。)

    • ビー玉 ビー玉 より:

      ましゅーさん、コメントありがとうです♪
      おお〜〜〜!!ましゅーさんが長文をっっ∑( ̄□ ̄;)ナント!!おっしゃる通り!社会人は演者でなければならないと思っております。特に私は接客業なのでその傾向が強いです。
      私はそれほどストレスではないですが、ゴヤの場合は情勢が情勢ですし、阿鼻叫喚の世の中で命がけで演じていなければならなかったと思います。
      そりゃぁ黒い絵を描かなければ心の均衡を保てないほどのストレスだったと想像します。
      本物は遠いけど、四国の大塚美術館には黒い家を再現した部屋があります。圧巻でした!
      四国のブログを作るときにでぜひ行ってみてください(((uдu*)ゥンゥン

  2. ヨウコの川歩き より:

    ビー玉さんのゴヤ…圧巻でした
    昔、「マハ」が日本に来て騒ぎになりましたよね。マハも「我が子を喰らうサトゥルヌス」も見た記憶があります。スペインの背景やら何も知らず、ぼさーっと見に行って、ゴヤの絵の怖さに震え上がりました。マハの足は可愛かったけど。ビー玉さんのブログでゴヤの映画を観た気分になりました( ^o^)ノ

    • ビー玉 ビー玉 より:

      ヨウコさん、コメントありがとうです♪
      そう言っていただけると、報われます(ノД`)シクシク
      国立西洋美術館ですよね!!私も見に行きました〜〜〜!!!
      迫力ありましたよね!本当に足がすくむ迫力と恐ろしさでありました(llФwФ`)ガクガクブルブル
      だけど、また来日することがあったら、みに行きたいなと思いました。

  3. Nick Ollie より:

    ビー玉ちゃんの心の声がないと、ゴヤの黒い絵たちは見ていられなかった。「いい子いますよ」にほっとしてしまいました。こんなのに囲まれて、音も聞こえなくて、、、 何かバランスを取るためだったのかなぁ。

    私もマハ、昔どこかで見たなあ。上野に来たんじゃなかったかな。昔はよく絵を見に行ってたのに、最近とんと見てないな。

    • ビー玉 ビー玉 より:

      Nickちゃん、コメントありがとうです♪
      おお〜心の声を入れて正解だったε-(´∀`*)ホッ
      黒い絵は1時とはいえ、祖国を裏切ったことへの贖罪なのかなと思ったりもします(((uдu*)ゥンゥン
      今は子育て中だから、絵をゆっくりみる時間もないかもだけど、子育てが落ち着いたらきっとまた観に行きたくなると思います。
      私の母が同じようなことを言っておりましたわ(* ̄∇ ̄*)

  4. いや~・・・
    ゴヤの作品は初めて拝見ですが・・・
    画の対象そのものもちょっと気が滅入るような題材なのに、それだけじゃない日々の様々な仮面に潜むドロッとした人間の本質ってのがよく出てる感じがします(;^_^A

    いやはや、なんというか・・・
    これ、もし観に行ったとして最後まで見れるかな~・・・

    • ビー玉 ビー玉 より:

      えたさん、コメントありがとうです♪
      いや〜初期の絵にはもっと明るいものなんですが、文字数の関係上暗い絵しか紹介できずで(^▽^;)
      ドロドロばっかで申し訳ないです(;´д`)トホホ…
      黒の絵は迫力ありますから・・もし見る機会があったらお覚悟を(^▽^;)

  5. marimo より:

    暗い絵って苦手だったんですけど、最近興味津々^^
    その人の背景とか心の動きが如実に出ているなって思うんです。
    学生にはまだ早いけど、酸いも甘いも知った大人なら( ´艸`)
    より深く味わえる作品たちですね。

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