画家エドゥアール・マネ「草上の昼食」は天然炎上系かそれとも革新か!

印象派

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こんばんは!ナビゲーターのビー玉です。

本日のテーマは19世紀のフランスで活躍した革新の画家エドゥアール・マネです。

ルネサンス期に活躍した画家ラファエロの影響が強すぎて、西洋絵画は300年ほど身動きがとれないと言っても過言ではない状態が続いていました。

その厚い壁に風穴を開けたのがマネ!

伝統的な決まりことに囚われず自由に絵画を描く現代絵画への礎を築きました。

マネは印象派だと言われますが、じつは印象派に属してはいません。

では、なぜ印象派の父などと言われるようになったのか?

印象派じゃないのに印象派のリーダーとして認識され、描くものはことごとく大炎上を引き起こすダンディなおぼっちゃま画家。そして誰よりも革新的!!

誰もが惹かれずにいられなかったという魅力溢れるエドゥアール・マネの世界にあなたをナビゲートします。

エドゥアール・マネ(Édouard Manet)ってどんな画家?

当大人の美術館でもことあるごとに登場し、近代絵画の父、印象派の父と呼ばれたエドゥアール・マネ!

美術史でも重要な立ち位置にいる画家です。

だけど単独で特集を組んでいなかったことに今更ながら気がつきました(^▽^;)

 

館長
館長

私も気がつきませんでした

マネは1831年のパリで法務省の高級官僚の父と外交官の娘という超エリート一家の長男として産声をあげました。

実家はエリートの上に超資産家。例にもれず「画家になりたい」というマネの夢はあっけなく否定されます。

官僚だった父はマネを法律家にするべく名門中学に入れますがテストではことごとく「不可」を連発

息子を法律家にする夢を諦めた父は船乗りにするべく海軍兵学校に入れようとしますが受験に

2度も失敗・・・

そこで父、根負けwww

エリートだった父にしたらテストに不合格を繰り返す息子が理解できず不憫でしょうがなかったんだろなぁ(゚∇゚ ; )

マネをもっとも権威ある「歴史画」の画塾に潜り込ませるも即問題を起こしてしまいます。

歴史画の教室なのに「19世紀のパリで紀元前のローマを描くとか馬鹿げる」とまさかの歴史画全否定( ๑º言º)

挙げ句の果てのモデルとケンカ。

館長
館長

歴史に名を残す画家ってわがままな人が多いですよね

ビー玉
ビー玉

困ったことに嫌いじゃないw

当時画家して認められるための唯一の道「サロン(官展)出品」

でも・・・

当たり前のように落選。

まぁ当然ですよね(^▽^;)

マネも一応入選対策を考えていたらしくって古典の作品をお手本(?)とした絵を描こうとしたんですよ。

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古典を意識してマネ大炎上

 

ティツィアーノ「田園の奏楽(1511年)」

楽器を演奏する男性2人の横にいるのは二人のニンフ(妖精のようなもの)

この絵にインスピレーションを受け

ラファエロの「パリスの審判(一部)」を構図のヒントとして描かれたのが

大問題作となった「草上の昼食(1863年)」


そして!
ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス(1538年)」の構図を参考に描かれたのが・・・

 

これまた大炎上案件の「ランピア(1863年)

これらの絵がティツィアーノらオールドマスターたちを皮肉り、観覧者をもバカにしたとして大スキャンダルとなったんです。

今、巨匠と呼ばれるオールドマスターとマネの絵を比べてどんな印象を受けますか?

おそらくほとんどの人は「構図は似てるけど騒ぐほどでは」って感じではないかと思うのですよ・・・

だけど西洋絵画の構図というのは形式化していて似たものも多く、パクリというほどのこともないんですよね。

なら、なぜ当時の人々が大騒ぎになったかといえば、ティツィアーノが描いたのは女神(ヴィーナス)だったのに対してマネが描いのが19世紀を生きる人間の女性で娼婦だったこと。

西洋ではキリスト教の影響を強く受けていたので、女神ならまだしも人間の女性の裸体はキリスト教的には欲望を煽るものとしてご法度だったのです。

女神=ヌードOK
人間=ヌードNG

過去にゴヤが一般女性のヘアヌードを描いた時もあわや死刑になるかという大問題となりましたが、マネも同じく大問題となりました。

マネのオランピアは名画「ウルビーノのヴィーナス」から構図を参考にしたばかりに、「巨匠の絵に対する冒涜」とみられ大炎上

え?感覚的によくわかりませんか?
現代の私たちにもわかりやすく言うと・・・

AV作品に人気絶頂のアイドルの顔をはめこんで、公衆の面前で垂れ流すのと同じくらいの衝撃だったと想像します

 

ビー玉
ビー玉

あぁ・・また広告貼れないなっ( •ὢ•)

マネに言わせたら、巨匠たちオールドマスターの作品をリスペクトして、現代風にアレンジしただけだと主張していますが・・

個人的には「そんなわけないだろう」って思います(^▽^;)

一度や2度だったらやらかしてしまうこともあるかもしれませんが、マネの場合はことごとく炎上してますから・・・狙いとしか

おそらくですが画壇や当時のお堅い考え絵に対する強烈な爆弾のつもりだったんじゃないかって思うんですけどねっ

ただ、普段だったら、こんな危なげな絵は大々的に世に出ることはないんですよ。

詳しい絵の解説が知りたい人は下の記事をご参照ください。

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たまたま開始された「落選展」が転機に!

その年、たまたまサロンの審査基準が厳しすぎたため5,000の参加作品のうち、3000点を超える作品を落選にしました。

それに反発したのが画家たちです。

鑑賞者に公正な判断を仰ぐという名目で落選作品を集めた落選展を開催しました。

落選展の会場となった産業館の別館

まぁ鑑賞者のほとんどは「落選作品を嘲笑う」ために来展したんですけけどね。

そこで空前の話題作となったのが、先ほどの「草上の昼食」です。

個展的な構図だし、マネは絵が上手でしたから

「これが落選?」って感じでマネの絵をみていると描かれているのが娼婦(エロ)やんってね。

先ほどの首すげ替えAVを公衆の門前で見せられた紳士たちは大激怒!

中にはステッキをふるって大暴れした殿方もいたそうです。

そのとことで、良くも悪くもマネの名前は悪目立ちすることになります。

そして、マネの絵が世に出ることになった理由はもう一つ!

それは、マネがお金持ちの子息だったこと

世に評価されないことに苛立ったマネは自分の個展を開催するための会場を作っちゃったんです∑( ̄□ ̄;)ナント!!

個展会場を借りたんじゃないですよ・・作っちゃったんです。

その費用は18000フラン、日本円で2500万円!!!

まぁそこでもマネの描く絵画の評価は散々たるものだったんですけどね。

だけど古典を見に来ていた人の中に、後に印象派設立の中心人物となるルノワール、モネ、ドガいました。

マネは彼らに絵を発表する場所は「サロン(官展)」だけではないと知らしめたんですね。

ルノワール、モネ、ドガが出資を募って会場を借りて開催されたのが「印象派展」です。

マネは印象派に属しませんが、このことで印象派の父なんて呼ばれるうになりました。

かなり複雑な家族関係

マネ「読書」1865年 – 1873年

マネには2歳年上の妻シュザンヌと息子レオンがいます。

ただ、この関係がかなりややこしいっ(。-`ω´-)ンー

シュザンヌはマネとその弟たちのピアノの先生としてマネの実家に雇われました。

マネと出会って2年後にシュザンヌは息子レオンを生みますが、戸籍上には何故か自分の弟と登録するんです。

生涯レオンの父親が誰なのかはわかっていませんが、マネともマネの父とも言われています。

マネの描いた「読書」の右端に読書するレオンが描かれていますが、それは後から付け加えたものです。

描き始めた当初は白いカーテンが全面にかけられていて、描かれた人物もシュザンヌだけでした。

そしてあとから壁とレオンが描き加えられたんです。明らかにレオンの存在は無理矢理書き込まれたかのように異質です。

それが何を意味しているのはわかっていません。

私の勝手な妄想ではありますが、レオンはマネとマネの父、どちらの子どものなの判断つかなかったのかなと思っています。

マネはシュザンヌとの結婚を望みましたが、父の大反対にあい父の死後まで結婚はできず事実婚を続けていました。

シュザンヌと結婚したのは父が亡くなって1年後のことです。そして「読書」にレオンが描きくわえられました。

何故かマネはレオンを最後まで認知することはなく、シュザンヌもレオンを自分の弟としてマネと入籍します。

なので、戸籍上はレオンはマネの義理の弟です。

ややこしいですけけどね、シュザンヌはマネとレオンを兄弟としたかったというのはやっぱり父親は・・・って思っちゃいます。

マネは事実はどうあれレオンは自分の家族であることを世間にアピールしたくてレオンを書き加えたのかなって想像しちゃうんですよね。

なかなか複雑ですけどねぇ・・

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マネの晩年

「反逆者」のイメージが強いマネですが、面倒見がよく社交的で実際に会うとマネの印象は「穏やか」「優雅」「紳士」で見目も麗しいかったのだとか・・・

育ちのよい美貌の画家と聞くと妄想が膨らんでしまいますが・・・

まぁ現実なんてこんなものですよっ( •ὢ•)

館長
館長

失礼ですよ!

確かに綺麗なお顔立ちですが、この時代の紳士の嗜みとされお髭は現代の感覚だとこのボリュームはなかなかハードル高めです。

かな〜りオモテになったので、晩年は性病である梅毒罹患し、40代後半に骨が腐っていく症状に苦しめられました

苦しみながら描いたのが際晩年の「フォリー=ベルジェールのバー」です。

女性の後ろは全面鏡という凝った構図に秘められた絵の本当の意味を知ると鳥肌がたちます。

だからね、私はマネを最後まで革新者だったのだと思っていたいのです。

「フォリー=ベルジェールのバー」の絵の秘密はこちら↓

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マネは死ぬまで世間から認められることはなかったですが、後世に残るマネの影響ははかりしれません。

晩年のマネは「自分は罵られる運命。だけど時がくればわかる」という言葉を残しています。

この言葉を聞くと、マネは天然のお騒がせ炎上画家ではなく確信犯だったのだと思うんですよね。

マネの言葉通り、後の世に美術史を塗り替えた人物としてマネの名前は永遠に語り継がれることになるのです。

個人的には最もかっこいい画家の1人だと思っています。

では、本日は以上です。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

コメント

  1. 「悪名を身に受けても、今後の画家のために…」と言えば、カッコ良いかな。(゚д゚)(。_。)ウン
    もちろん、炎上狙いも当てつけもあったと思いますケドね。

  2. ヨウコの川歩き より:

     マネ、大好きです。何でしょうね、形と色の強さ、艶に惹かれます。バチって色を置きにきますよね、それでいて、形をひたっと捉えてる!(擬音ばっかりだ(笑))大胆で巧みです。
    気持ちが良い!
     でも、こんな人生だったんですね。確かに「草上の昼食」を観た時は、この女性は何故裸なの?(;゚д゚)ってなりましたわ(笑)

  3. Nick Ollie より:

    首すげ替えたAVに笑ってしまいました。広告貼れないかもしれないけど、とても分かりやすい。確かに首すげ替えAVなら、当時はきっと大騒ぎだったんだろうな。炎上狙いの確信犯かー

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