10分でザクっとイギリス王室史!華麗なる王室、その歴史は血で血を洗うパワハラ史だった

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こんばんは!大人の美術館、ナビゲーターのビー玉(@beedama_lab)です。

某国の王室がパワハラ騒動で揺れていますが、その歴史はパワハラ史と言っても過言ではございません。

って・・・伏字にするのも意味がないので(タイトルで思いっきり国名出してるしw)、その某国とはイギリスでございます。

便利上、英国とかイギリスとか書いちゃいますが、実はこれは国の正式名称ではございません。

イギリスの本当の名前を知っていますか?

本日は血みどろのパワハラ史をもつイギリスの歴代の王室肖像画を交えつつナビゲートしていきたいと思います。

詳しくやるとめちゃめちゃ長くなるので駆け足ですけど(^▽^;)

よかったら最後までお付き合いください。

イギリスの正式名称と成り立ち

日本ではイギリスとか英国と言うことが多いですが、正式名称ではありません。

イギリスの正式名称は

United Kingdom(U.K.) 聞いたことありますよね?

日本語では『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

 

館長
館長

長くないですか?

長いんですよ。

日本九州及び北海道連合国って感じの名前です(゚∇゚ ; )

ブリテン島(ブリタニア)のスコットランド、イングランド、ウェルズ、

そしてアイルランド島の北部、4つの国が一緒になって、日本で言うイギリスという国になります。

ややこしいですけけどね、イングランドはイギリスの一部なのです。

お気づきかもですが、イギリス国旗のユニオンジャックはそれぞれの国旗が合体したものです。

ウェールズは歴史の早い時期にイングランドに吸収されちゃってるので、国旗に名残はありません(ノД`)シクシク

ちなみにウェールズの旗はこちら

ローマに支配され、北欧に吸収され、フランスと喧嘩し、内乱多すぎで、まぁややこしい生い立ちだと言うことを覚えていただければOKです( ✧Д✧) カッ!!

9世紀にゲルマン民族大移動でゲルマン民族がブリテン島に移り住むようになり、彼らはアングロ・サクソン人と呼ばれるようになります。

アングロ・サクソン人の最初の統一国「アングロランド」がイングランドの語源です。

その頃を舞台にして書かれたのが有名な「アーサー王と円卓の騎士」。

アーサー王は先住民であったブリトン人を率いてアングロ・サクソン人からの侵攻を撃退した人物だと言われていますが、実在の人物なのか創作なのかはわかっていません。

チャールズ・アーネスト・バトラー《アーサー王》

チャールズ・アーネスト・バトラー《アーサー王》

伝説の勇者だけが岩から抜くことができる剣エクスカリバー、12人の円卓の騎士、魔術師マーリンなどの世界感はファンタジー作品ややゲームなどへの影響はイギリスだけでなく世界一でしょう。

実在の人物としてイングランド最初の王だと言われているのは、9世紀にブリテン島へのバイキングの襲来時に活躍したアルフレッド王(諸説あります)。

その後、バイキングの侵略にあって北欧に取り込まれながらも、独立を果たして今のイギリス王室の流れを作ったのが国内外の政権争いに勝利したウィリアム1世(ギョーム侯爵)です。

今(2021年現在)のエリザベス女王はこのウィリアム1世から数えてちょうど40代目の当主なのです。

パワハラ王ヘンリー8世

フランスとの110年にも及ぶ「100年戦争」、イングランド国内の大紛争「バラ戦争」という歴史的エピソードを全部すっ飛ばして、次に紹介するのは血みどろのイギリス王室でも最も残酷な王と言われるヘンリー8世。

100年戦争やバラ戦争など長引く戦乱で国内の有力貴族たちが弱体化し、絶対王政が確率したころに現れたチューダー王家2代目の当主です。

チューダー王家はアーサー王の末裔だと自称していますが、根拠は一切ありません(`・ω・´)キリッ

どんな暴君であろうが誰も止めることができない絶対王政の世に生まれたヘンリー8世。

私生活では6人の妃を迎えるも、2人を城から追い出し、2人を処刑するという暴虐ぶり。

彼が統治した15世紀はカトリックの腐敗に反発してプロテスタントが発足し宗教改革真っ只中!

キリスト教がカトリックとプロテスタントの大きな2派に分かれて激しく対立していたんです。

イングランドはもともとカトリックの国だったんです。でもヘンリー8世の時代に国王を長とする英国国教会(プロテスタント系)に改宗。

カトリックの腐敗がどうとか、国民の支持がどうとかという話しではなく、カトリックが離婚を認めていなかったから

ヘンリー8世は男子を産めなかった前妻キャサリンを追い出し、キャサリンの侍女だったアン・ブーリンと結婚したいがために国教まで変えました。それに反対する者はみんな処刑です。

ことことはのちのち多くイングランド国民の命を奪うことになります。

館長
館長

中世の人たちは宗教に命をかけてましたからね

強引な方法で結婚したアン・ブーリンも王女しか産まなかったので、処刑されちゃうんですよね(((;꒪ꈊ꒪;))):

前妻キャサリンの娘がのちにブラッディ・メアリー(血塗れメアリー)と呼ばれイングランド国民を恐怖のどん底に陥れたメアリー1世。

イングランド初の女王

実質的にはイングランド初の女王です。

メアリーは母の仇といわんばかりにプロテスタントを弾圧して大虐殺をおこなったためにブラッディ(血塗れ)メアリーと呼ばれました。

彼女の命日は祭日として祝われるほど国民から恐れられた女王です。

ヘンリー8世とブラッディメアリー、イギリス王室随一のパワハラ親子ですね(^▽^;)

名君エリザベス1世

メアリーが42歳でなくなった跡を継いだのが妹のエリザベス1世

エリザベス1世は男の子を産めなかったと言う理由で無実の罪を着せられて処刑されたアン・ブーリンの娘です。

メアリーにとって、脅威であった妹エリザベスですが、メアリーに子どもがいなかったため、エリザベスと殺すとチューダー王家の血が途絶えてしまいます。

そのためエリザベスを処刑することができなかったんです。メアリーに子どもがいたら確実に処刑されていたでしょうね(((;꒪ꈊ꒪;))):

皮肉なことに、そんなエリザベス1世は生涯独身を通し、子どもがなかったことで父ヘンリー8世が国教を変えてまで守ろうとしたチューダー王家は途絶えます。

エリザベス1世はスペインに敵対する国々と手を組み、スペインの無敵艦隊を撃破するなどイングランドの黄金時代を築いた名君として名を残しています。

スペイン無敵艦隊に火をつけた船を激突させるという奇襲マルマダ海戦とかめっちゃかっこいいんですが、誰も興味ないと思うので自粛w

スコットランドとイングランドの連合国『イギリス』

ジョン・ド・クリッツ《ジェームズ1世》ジョン・ド・クリッツ《ジェームズ1世》

エリザベス1世崩御後、1603年にイングランドの国王になったのは、1歳でスコットランドの王となったジェームズ1世!

なんとスコットランドとイングランドの掛け持ち王の誕生です。

ここでスコットランドとイングランドは事実上の連合国(同君連合)『イギリス』となります。
※イギリスと呼ぶのは日本だけですが

イギリスでのスチュアート王家誕生です。

ちなみにスチュアートスコットランドが由来です。

初代ユニオンジャック
(1603年制定)

ジェームズ1世の息子、チャールズ1世がイギリスにとある革命をもたらします。

美術革命です。

イギリスはスペイン、フランス、イタリア、ネーデルランド(オランダ付近)に比べて圧倒的に美術後進国だったんですけどね、チャールズ1世はイギリス史上もっとも審美眼に優れた王だと言われていて、世界に誇るイギリス「王室コレクション」を築き上げていきました。

その際たるものがヴァン・ダイクの肖像画です。

チャールズ1世はイギリス王家で唯一在位中に首を切られて処刑された(ピューリタン革命)王様です。

よい政治をおこなったとは言えない王ですが、ヴァン・ダイクの功績により名画と言われる肖像画が「どんだけ〜」って言いたくなるくらいたくさん残っています。

ダイク《馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像》《馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像》1633年

ダイク《チャールズ1世》《チャールズ1世》1635年

ダイク《狩り場のチャールズ1世》《狩り場のチャールズ1世》1635年頃

ダイクヴァン・ダイク《チャールズ1世とヘンリエッタ・マリアと2人の子供たち》ヴァン・ダイク《チャールズ1世とヘンリエッタ・マリアと2人の子供たち(チャールズ皇太子とメアリー王女)》1632年

誰だかわからないくらい「盛る」と評判のヴァン・ダイクの肖像画なので、どこまで本当かわかりませんが、聡明な感じの国王一家です。

でもこの高貴な肖像画が描かれてからわずか十数年後、父は処刑、母は天然痘で亡くなり。

王位を継いた兄(チャールス1世の足元)を王座から引きずりおろしたのは妹(メアリー女王に抱かれている赤ちゃん)の1人息子だったんです。

イギリス王家らしいハードな一家離散ですね(;´д`)トホホ…

その後、骨肉の政略争いを繰り返しつつ・・・世界の大国へのし上がっていきます。

小さな島国が世界の大国『大英帝国』へ

ルーク・クレネル《1814年6月18日の晩餐会》ルーク・クレネル《1814年6月18日の晩餐会》1814年

これはナポレオン退位し、ナポレオン戦争が集結します。

破竹の勢いで領土を広げるナポレオンの足を止め、争いを終結させたイギリスの功績を称えて開かれた晩餐会です。

ロシアの皇帝アレキサンドル1世、プロイセン国王フリードリヒ3世などがイギリスを讃えるために足を運びました。

絢爛豪華な様子が見て取れます。

小さな島国の弱小国だと思われていたイギリスがヨーロッパ随一の大国にのし上がった瞬間でした。

目まぐるしく変わる政権、血で血を洗うような戦いをいく世紀も繰り返してきたイギリスは島国でバイキングとの交戦が絶えなかったことで海軍に力を入れ大航海時代を生き抜いたこと、そしてなによりも他国への根回しや戦略に長けていったんだと思います。

ヴィクトリア女王の時代には産業革命を完成させてイギリスは世界の工場と呼ばれるようになっていき、ヨーロッパでいち早く近代化し世界で初めての万博を開くことになります。

ヴィクトリア女王《自画像 スケッチ》ヴィクトリア女王《自画像 スケッチ》1835年

ジョージ・ハイター《戴冠式のヴィクトリア女王》ジョージ・ハイター《戴冠式のヴィクトリア女王》1843年

圧倒的な軍事力と工業力でもって世界に向けて自由貿易を遂行し、その力は全世界へと広がっていきます。

そんなイギリスを他国はパリス・ブリタニカと呼びました。

これ、たぶんテストに出ます(^▽^;)

直訳すると「世界の警察官」ですが、とくに何も取り締まりませんw

世界の覇者を目指す国といった意味です。

イギリスの平和はまだまだ先のようですね。

今話題のイギリス王室のスキャンダルっぽい話しを書こうと思っていたのに、中途半端に世界史の話しになってしまいました。

興味ない方、ごめんなさい。

綺麗な絵を見たかった方、ごめんなさい。

とりあえずに、無駄にドレス載せておこうwww

 

本日は以上です。お読みいただき、ありがとうございます。

大人の美術館は不定期で開館するweb上の仮想美術館です。

1週間に一度の開館を目指しています。

またのご来館をお待ちしております。

 

 

 

 

コメント

  1. Nick Ollie より:

    今荒れてるイギリス王室、と思ったら、今だけじゃなくてずっと荒れてたのねー。

    ヨーロッパの歴史はとても興味があるんだけれど、出てくる人の名前がみーんな同じようで覚えられない。

    チャールズにジェームスにヘンリーにアンにヴィクトリアばっかり。フランスもルイばかりで、、、

    でも日本も一緒か。家康、家光、家ばかり、、、

  2. ヨウコの川歩き より:

    すげぇなエゲレス!さすがにえげつない(?(笑))! 残酷さが半端ない(?_?;
    まぁね、でも何だかんだ言って、私の大好きなファンタジーの世界の源泉は間違いなくイギリスですからね。
     ヘンリー八世絡みの映画もたくさんありますよね。「1000日のアン」のラストは凄かった‼️
    くらかった私の世界史認識の闇に一条の光でした。ありがとうございます(´▽`)ノ

  3. marimo より:

    10分でザクっとシリーズ良いですね~^^
    まだイギリス王室の方が知識が少し残ってました(笑)
    日本と同じく島国なので、領土を奪うための争いもあったんだろうと想像していました…が同じ領土内でも激しいこと、、、

    宗派を変えたのは、てっきり自身が王としての権力をより強めるため、と思ったらまさか離婚のため、とは(;´д`)トホホ

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